ここまで、「ワインショップ開業シリーズ」と題して、様々な方面から開業を前提とした検証を行ってきました。
どんな業態・コンセプトで、どんなお客様に販売するのかを考えることの大切さや、シリーズ②では「開業資金はどれくらい必要?」として、初年度に必要となる設備投資や在庫、当座の運転資金にも触れました。
では、晴れて開業したとして、無理なく「食べていける」には、実際のところ、何本売ればいいのでしょうか?
その答えは、当然のことながら、業態や出店場所、スタッフを使うかどうかによって変わってきます。
とはいえ、「まずは最もシンプルなケースで考えてみたい」という方も多いはず。
そこで今回のコラムでは、自宅開業+EC販売(ネット通販)という、初期費用が最も抑えやすい形を前提に、「食べていける」ために必要な売上と本数を逆算してみます。
さらに、酒販免許の申請に必要な事業計画書への落とし込み方まで解説します。
まず「食べていける」の定義をそろえよう
シミュレーションに入る前に、前提をそろえておきます。
- 目標:月30万円(事業所得)
- 業態:自宅開業+EC販売(通信販売酒類小売業免許)
- スタッフ:なし(1人経営)
月30万円という数字は、独身であればなんとか生活できるラインです。
ご自身の生活スタイルに合わせて、計算式の数値を置き換えて計算してみてください。
ちなみに、ここでいう「月30万円」とは、売上から仕入原価と事業経費をすべて差し引いた後の「事業所得」を指します。少しその内容を補足しておきましょう。
• 個人事業主の場合、売上から商品の仕入原価を引いたものが「粗利」です。
• その粗利から、家賃や光熱費の按分額・通信費・システム費用といった「事業経費」(固定費・変動費:詳しくは後述)を引いたものが「事業所得」になります。
• この事業所得の中から、本人の生活費(食費・日用品など)と税金・社会保険料をまかなうのが個人事業主の基本的な収支構造です。
よってサラリーマンの「手取り30万円」とは、少し構造が違います。
ただし、自宅を事務所兼用にする場合、家賃・光熱費・通信費の一部を事業経費として計上できます(例:家賃・光熱費・通信費の合計15万円のうち、5万円を経費に計上)。
家賃その他の「事業分」は経費として粗利から差し引き、残りの「プライベート分」は生活費として事業所得からまかなう、という二層構造になります。
「事業経費に家賃が入っているのに、また生活費にも家賃が出てくる?」と感じた方は、この二層構造をイメージしてみてください。
自宅EC販売でかかる「事業経費」を整理する
「自宅だから経費はほとんどかからない」と思いがちですが、実際には相応のコストがかかります。
大きく、固定費と変動費・その他経費に分けて見てみましょう。
■ 固定費(毎月ほぼ一定にかかるもの)
| 項目 | 月額目安 |
| 自宅家賃・光熱費・通信費の按分 | 30,000〜50,000円 |
| ECサイト・システム利用料 | 10,000〜30,000円 |
| 会計ソフト・業務ツール等 | 3,000〜10,000円 |
| 小計 | 約45,000〜90,000円 |
■ 変動費・その他(売上や時期によって変わるもの)
| 項目 | 目安・備考 |
| 梱包・出荷費用(梱包材・送料負担分) | 1本あたり数百円〜 |
| 広告費(詳細は後述) | 月30,000〜100,000円以上 |
| 雑費・予備費 | 売上の3〜5%を目安に |
これらをならすと、月10〜15万円程度が現実的な経費水準です。
このコラムでは固定費と変動費・その他を合わせた事業経費を仮に月13万円として試算します。
逆算シミュレーション:それで、何本売ればいい?
生活費などに充てるために毎月30万円の事業所得を確保したいとします。
さらに、自宅ECショップの事業経費を月13万円と見積もると、
毎月必要となる粗利(粗利益総額)は、30万円 + 13万円 = 43万円になります。
粗利率35%とすると
必要月間売上 = 43万円 ÷ 0.35 (粗利率 35%) ≒ 123万円
月約123万円の売上が目標ラインです。
次に、扱うワインの平均単価によって必要な本数がどう変わるかを見てみましょう。
■ 平均単価別・必要本数シミュレーション
| 平均単価 | 必要月間売上 | 必要本数(月) | 1日あたり |
| 2,000円 | 約123万円 | 約615本 | 約21本 |
| 3,000円 | 約123万円 | 約410本 | 約14本 |
| 5,000円 | 約123万円 | 約246本 | 約8本 |
| 10,000円 | 約123万円 | 約123本 | 約4本 |
| 20,000円 | 約123万円 | 約62本 | 約2本 |
この表から見えてくることが一つあります。
それは、高単価のワインを扱うほど、少ない販売本数で目標売上を達成できるということです。
ただし、高単価ワインは仕入れ単価も高く、在庫リスクが上がります。また購買単価が高いほど顧客の購入判断は慎重になるため、信頼関係の構築に時間がかかります。
低単価・高回転か、高単価・低回転か。
どちらが自分のスタイルに合っているかも考えながら品揃えを設計しましょう。
EC販売のプラットフォーム選び:自社サイトを「本店」に
EC販売には、大きく分けて「自社サイト」と「ECモール」の2つの販売方法があります。
ワインショップを長く育てていくことを考えるなら、まずは自社サイトを軸に運営することをおすすめします。
楽天市場やAmazonなどのECモールは高い集客力が魅力ですが、その一方で販売手数料負担が重く、価格競争に巻き込まれやすい側面があります。また、モールの中ではショップ独自の世界観やブランドを築きにくいことも少なくありません。
一方、自社サイトであれば、価格だけではない「ワインの魅力」や「ショップのコンセプト」を明確に打ち出すことができ、独自性や専門性で他店との差別化を図ることができます。
顧客データをもとに、丁寧に情報発信することで、リピーターを育てやすい点も大きなメリットです。
ただし、自社サイトは開設しただけではお客様は集まりません。SEOによる検索対策や、Instagram・X・ThreadsなどのSNSでの情報発信、必要に応じたWeb広告など、継続的な集客活動が欠かせません。
さらに、世界最大級のワインレビューコミュニティ「Vivino 」との連携も選択肢の一つです。自社ECサイトの運営が軌道に乗ってきた段階で活用を検討するとよいでしょう。
EC販売の立ち上げ当初は、売上より先に広告費やシステム利用料などの支出が発生します。今回のシミュレーションで経費として見込んだ金額には、こうした集客や運営に必要なコストも含まれています。
ECサイトの作り方や、自社サイト・ECモール・Vivinoの使い分け、効果的な集客方法については、次回、「『ECワインショップはどこで売る?』― 自社サイト・SNS・Vivino・ECモールの上手な使い分け ―」でさらに詳しく解説する予定です。
実店舗の場合は、さらに大きな売上が必要になる
ここまでは「自宅+EC」という最もシンプルなケースで試算してきました。
実店舗を借りて営業する場合は、これに加えて店舗家賃(都市部では月10〜30万円以上)や、スタッフを雇えば人件費(社会保険含め1人あたり月25〜35万円以上)がかかります。当然、同じ生活費を確保するためにはより大きな売上が必要になります。
なお、「実店舗」や「角打ち併設」を考える場合の考慮事項、スタッフを雇うタイミングなどについては、以下の別記事で詳しく解説しています。
関連記事
- 「実店舗 vs ECショップ 」― メリット・デメリット徹底比較 ―
- 「角打ち併設の可能性」― 有料試飲が生み出す価値と課題 ―
- 「スタッフ採用と店舗運営」― 人を雇うのは「忙しくなったとき」ではない? ―
このシミュレーションを「事業計画書」に落とし込む
ここからは、酒販免許申請の実務に直結する話です。
通信販売酒類小売業免許の申請では、税務署に事業計画書を提出します。
審査のポイントの一つが「この申請者は継続して事業を営める経営基盤を持っているか」という点です。
実は、ここまで見てきた数字が、そのまま事業計画書を構成するベースになります。
事業計画書に書く3つのポイント
① 何を・いくらで・どこに売るか(販売計画)
扱う商品カテゴリと価格帯、販売チャネルを具体的に記載します。
「ワインを売ります」だけでは不十分で、誰に・何を・どこで売るかを明確にする必要があります。
② 売上・仕入れ・経費の見通し(収支計画)
月次または年次で数字を示します。重要なのは、楽観的すぎる計画を書かないこと。初月から高い売上を見込む計画よりも、立ち上げ期は低く、徐々に伸びていく段階的な計画の方が現実的で、かつ信頼されます。
③ 手元資金の状況(資金繰り計画)
黒字化までの間、どのように資金をまかなうかを示します。「いざとなれば○ヶ月は持ちます」という数字と根拠となる資金残高を明示できると、審査への説得力が増します。
まとめ:数字を「自分事」として考えることから始める
このコラムのシミュレーションをまとめると、次のようになります。
- 自宅EC販売・1人経営・月事業所得30万円を目標にする場合、必要月間売上は約123万円
- 平均単価3,000円なら月約410本、10,000円なら月約123本の販売が必要
- EC販売は自社サイトを「本店」に育てることで、価格競争に巻き込まれず、自分のブランドを確立できる
- 立ち上げ期は集客への投資(広告費・コンテンツ制作)が最大の変動費になる
- このシミュレーションの数字は、そのまま事業計画書のベースとして活用できる
「何本売れば食べていけるか」という問いは、事業の根幹にかかわる問いでもあります。数字を積み上げる作業は地味ですが、それが事業の現実を直視することであり、長く続けるための土台になります。
酒販免許の申請で求められる事業計画書も、このような現実的な数字の積み重ねが土台になります。
開業を考え始めたら、まずは自分なりのシミュレーションを作ってみることをおすすめします。
ワインショップ開業ガイド
ワインショップを開業したい方に向けて、開業準備から仕入れ、販売、集客までを順番に解説しています。
■ 開業準備
- 「コンセプト設計から始めよう」― どんなお店にする?―
- 「開業資金はどれくらい必要?」― 初期在庫や設備投資のリアル ―
- 「開業場所はどこが良い?」― ワインショップの立地は、売り方によって正解が変わる ―
- 「ワインショップは何本売れば食べていける?」― 自宅EC販売から逆算してみた ―
■ 商品・販売
- 「ワインショップの仕入れはどうする?」― インポーター、卸売業者、直輸入…どれを選ぶ? ―
- 「日本ワインを扱う場合のポイント」― ワイナリーとの関係づくりが仕入れを左右する ―
- 飲食店向け販売は「卸売」じゃない―ワインショップ経営を支える「もう一つの販路」 ―
■ 店舗運営
- 「実店舗 vs ECショップ 」― メリット・デメリット徹底比較 ―
- 「角打ち併設の可能性」― 有料試飲が生み出す価値と課題 ―
- 「スタッフ採用と店舗運営」― 人を雇うのは「忙しくなったとき」ではない? ―
■ EC・集客
■ ブランディング
酒類販売業免許の手続きは、公的書類の収集をはじめ、要件を満たしているかどうかの税務署との事前確認、そして申請書一式の作成など、想像以上に時間と労力がかかります。
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