【日本ワイン】ワイン産地はどう生まれる?―土地・人・地域から考える産地づくり

日本のワイン産地で収穫ボランティアが手伝っているイメージ画像
目次

はじめに

山梨、長野、北海道――。

日本ワインの産地として、すぐに思い浮かぶ地域がいくつかあります。

前回 までの記事では、「日本ワイン」という表示がどのように生まれたのか、そしてラベルの「産地・品種・収穫年」はどのようなルールで表示されるのかなど、国が整えてきた制度を中心に見てきました。

今回は少し視点を変えて、実際にぶどうを育て、ワインを造る生産者と、その土地を支える自治体の側から、「ワイン産地」がどのように生まれるのかを考えてみます。

現在、ワイン産地として知られている地域も、最初から「産地」だったわけではありません。

一人の農家の挑戦から始まった地域もあれば、一つのワイナリーを起点に造り手が集まった地域もあります。反対に、行政が人材を育て、ワイナリーの誕生を後押ししている地域もあります。

そして、その土地に新しい価値を見つけるのは、必ずしも昔からそこに住んでいた人だけではありません。

ワイン産地は、昔からあるもの?

世界のワイン産地というと、フランスやイタリアのような長い歴史を思い浮かべます。

けれど、新しい産地が世界的な評価を得た例もあります。

ニュージーランドのマールボロでぶどう栽培が本格的に始まったのは1970年代。
やがてソーヴィニヨン・ブランが植えられ、1980年代には、その個性的なスタイルが国際市場で注目されるようになりました。

ソーヴィニヨン・ブランそのものはフランス原産の品種です。それでもニュージーランドで育てられることで、その土地ならではのスタイルが生まれました。

現在では「マールボロのソーヴィニヨン・ブラン」そのものが、世界に知られるワインの個性になっています。

ワイン産地は、何百年もの歴史がなければ生まれないものではありません。

土地を見る「物差し」を変えてみる

ワイン用ぶどうの産地を見ていると、一般的な農地とは少し違った土地の姿が見えてきます。

ドイツ・モーゼルの急斜面、南フランス・シャトーヌフ・デュ・パプの礫に覆われた畑、シャンパーニュの石灰質土壌。

世界の銘醸地と呼ばれる場所を見ても、必ずしも平坦で肥沃な土地ばかりではありません。

土壌の排水性や保水性、日照、気温、降水量、斜面の向き、そして栽培する品種など、さまざまな条件の組み合わせによって、ワイン用ぶどうへの適性は変わります。

日本にも興味深い例があります。

新潟市西蒲区の「新潟ワインコースト」の畑が広がるのは、日本海に近い砂丘地です。

新潟県の観光情報では、この土地を「肥沃とはいいがたい砂地」としながらも、水はけのよさなど、ぶどう栽培に適した特徴を紹介しています。

この地でワイン造りを始めたワイナリー、カーブドッチでは、さまざまな品種を試しながら、この土地に合うぶどうを探してきました。その中で可能性を見いだした一つが、スペイン原産のアルバリーニョです。

ほかの農作物を効率よく生産するという物差しでは必ずしも高く評価されなかった土地でも、ワイン用ぶどうという別の物差しで見ると、違った可能性が見えてくることがあります。

一つのワイナリーから産地へ―新潟ワインコースト

その新潟ワインコーストも、昔からワイン産地だったわけではありません。

1992年、カーブドッチは、当時ワインとはほとんど縁のなかった海岸地帯にぶどうを植え、ワイナリーを開きました。特徴的なのは、カーブドッチが自社だけで大きくなるのではなく、新しいワイナリーの担い手も育てたことです。

その後、この土地に魅力を感じた造り手が加わり、現在では複数のワイナリーが集まる「新潟ワインコースト」が形成されています。

さらにカーブドッチには、レストランや宿泊施設、温浴施設などもつくられました。

ここでは、ワインを地域の外へ売るだけではありません。

ワインを求めて、人にその土地まで来てもらう。

一つのワイナリーから始まった取り組みが、やがて複数の造り手が集まる産地となり、人が訪れる場所になっていきました。

農家の挑戦から地域の産業へ―宮崎県都農町

宮崎県都農町では、また違った産地形成を見ることができます。

この地域のぶどう栽培の出発点には、戦後、ぶどう栽培に取り組んだ一人の人物の存在がありました。
その成功から栽培農家が増え、やがて地域のぶどう産地へと発展していきます。

しかし、そこからワイン産地へ進む過程では、自治体も大きな役割を担いました。

1988年には都農町がワイン原料対策特別調査班を設置。その後、ぶどうの栽培適地試験や宮崎県の研究機関との共同研究を進め、1994年には第三セクターとして都農ワインが設立されました。

つまり都農では、

農家がぶどうの可能性を見つける

地域に栽培が広がる

自治体がその地域資源に着目する


ワインという新しい地域産業へ育てる

という流れを見ることができます。

最初から誰かが「ワイン産地をつくろう」と設計したわけではありません。

地域の中で生まれた可能性を、別の担い手が受け取り、育てていった例といえそうです。

「これから造る人」を地域で育てる―福井県

一方、福井県では、さらに違った取り組みが行われています。

福井県がワイン政策で目を向けているのは、中山間地域です。

県は、中山間地域をはじめとする農村の活性化を目指して、「ふくいワイン」の生産に取り組む人材を育成する「ふくいワインカレッジ」を2018年に開校しました。

研修では、ワイン用ぶどうの栽培や醸造を実践的に学び、修了生は県内各地でぶどう栽培やワイン醸造に携わっています。

ここでは、すでに形成されたワイン産地を行政が支援しているのではありません。

これからワインを造る人を育てるところから、地域のワイン産業をつくろうとしている。

新潟とは、産地形成の順序が逆です。

どちらが正しいということではありません。

生産者の挑戦から行政が動き出す地域もあれば、行政が環境を整えることで、これから挑戦する人が現れる地域もあります。

外から来る人が、産地をつくる―長野県東御市

そして、ワイン産地づくりを考えるうえで忘れたくないのが「人」です。

その人は、必ずしも最初から地域に住んでいるとは限りません。

長野県東御市では、2008年に長野県内で初めてワイン特区の認定を受けました。

ワイン特区は、国が一方的に地域を指定する制度ではありません。
地方公共団体が構造改革特別区域計画を作成し、内閣総理大臣に認定を申請します。

ワインを製造するには、税務署から果実酒の製造免許を受ける必要があります。通常、果実酒の製造免許では、免許取得後1年間の製造見込数量が6kL以上であることが求められます。

一方、ワイン特区では、地域の特産物として指定された果実を原料とするなど一定の要件を満たす果実酒について、この最低製造数量基準が2kLまで緩和されます。

製造免許そのものが不要になるわけではありませんが、小規模なワイナリーを始めようとする人にとっては大きな違いです。

つまり自治体は、自らワインを造らなくても、「この地域でワインを造りたい」という人が参入しやすい制度的な環境を整えることができます。

東御市では、こうした制度も活用しながら、小規模ワイナリーや新規就農者を受け入れ、現在のワイン産地が形づくられてきました。

そして、ワインを通じて地域にやって来るのは、造り手だけではありません。

そこで生まれたワインを飲み、今度は実際にその土地を訪れてみたいと思う人もいます。

ワインは「農業」だけでは終わらない

ここに、ワインを地域資源として考える面白さがあります。

ぶどうを育てるところまでは農業です。

けれど、そのぶどうを地域で醸造すれば、「○○産のぶどう」から「○○のワイン」という商品になります。

ワイナリーで直接販売することもできます。

さらに、試飲、飲食、宿泊、ワイナリーツアーなどへ広がれば、人がその土地を訪れる理由にもなります。

農業 製造 販売 飲食・宿泊 観光

と、地域の中で産業がつながっていく可能性があります。

そしてワインには、もう一つ特徴があります。
ボトルに土地の名前が記され、そのワインが地域の外へ運ばれていくことです。

遠く離れた場所でその一本を飲んだ人が土地の名前を知り、「このワインが造られている場所へ行ってみたい」と思うかもしれません。

地域から商品が外へ出ていき、その商品が今度は人を地域へ連れてくる。
ワインには、そんな往復が生まれる可能性があります。

日本ワインを販売する側から見ても、生産者との関係や、その土地のストーリーを伝えることは大切な要素になります。

まとめ:まだ産地ではない場所から

もちろん、どんな土地でもワイン用ぶどうを栽培できるわけではありません。

気候や土壌、排水、日照などの適地性を検討する必要があります。栽培や醸造の技術、資金、販路も必要ですし、ワインを製造するには酒類製造免許も必要です。

ワインを造れば地域が活性化する、という単純な話でもありません。

それでも、日本各地の事例を見ていると、一つ興味深いことが見えてきます。

産地をつくる人は、最初からその土地にいるとは限りません。

その土地でぶどうを育ててきた農家かもしれない。


地域に生まれた可能性に気づいた自治体かもしれない。


あるいは、別の土地からやって来て、「ここでワインを造りたい」と思った人かもしれません。

そして、そこで生まれた一本のワインをきっかけに、今度はその土地を訪れる人が現れる。

土地に人が集まって産地ができ、産地がまた新しい人を呼ぶ。

日本のワイン産地を見ていると、各地でそんな循環が生まれていることに気づきます。


参考資料
本記事の作成にあたっては、主に次の資料を参照しています。


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この記事を書いた人

横浜の酒類販売業免許専門の行政書士。
「桜並木行政書士オフィス」を運営。
20年以上にわたり、ワインインポーターで輸入貿易実務や販促・企画業務などを経験。現場経験と法律の両面からワインビジネスをサポートします。

■保有資格
J.S.A.ソムリエ
WSET® Level 3 Award in Wines

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