はじめに―酒屋で見つけた、見慣れないお酒
先日、ここ2、3年ほど足を運んでいなかった酒販店に、久しぶりに行ってみました。
日本ワインの売り場がずいぶん広くなっていることにも驚いたのですが、日本酒コーナーにも、以前はあまり見かけなかったジャンルのお酒がたくさん並んでいることに気が付きました。
POPには「その他の醸造酒」や「クラフトサケ」といった文字。
お米を原料にした日本酒のようにも見えますが、ラベルを見ると、フルーツやハーブ、スパイスなども使われています。
ちょっと味の想像がつきません。
気になって、その中から1本買って帰りました。
実際に飲んでみると、吟醸酒を思わせるメロン香やグレープフルーツのような風味があり、伸びやかな酸とともに澱の旨味が広がり、ほのかな苦味とかすかな泡の刺激が引き締まった印象を残します。
日本酒が一番近いけど、どこかワインのようでもあり、余韻にクラフトビールを想起させる。
なんとも不思議な飲み心地でした。
ラベルには「その他の醸造酒」とあります。
お米を原料にし、日本酒の醸造技術をベースにしているのに、なぜ「清酒」ではないのか。
ここで思い浮かんだのが、同じく米と米こうじを使って造られる「どぶろく」です。
どぶろくとよく似た白く濁った「にごり酒」には、酒税法上「清酒」に分類されるものがあります。
では、清酒と「その他の醸造酒」は、どこで分かれるのでしょうか。
今回は、酒屋で見つけた一本から、少し寄り道してみます。
にごり酒とどぶろく、何が違う?
白く濁ったお酒を見ると、「どぶろく」を思い浮かべる方もいるかもしれません。
ところが、見た目が白く濁っているかどうかだけで、清酒とどぶろくが分かれるわけではありません。
酒税法上の「清酒」は、米、米こうじ、水などを原料として発酵させ、一定の要件のもとで「こしたもの」とされています。
ここでいう「こす」は、透明になるまで濾過する、という意味ではありません。
発酵したもろみを液体部分と固形部分に分ける工程を経ていれば、白く濁っていても、酒税法上は「清酒」になり得ます。
つまり、にごり酒=濁っている清酒という商品もあります。
一方、米、米こうじ、水などを発酵させたものを、清酒のように「こさず」に造ったどぶろくは、一般に酒税法上の「その他の醸造酒」に分類されます。
見た目は似ていても、酒税法では造り方によって品目が変わるわけです。
そもそも「その他の醸造酒」って何?
「その他の醸造酒」という名前は、少し分かりにくいかもしれません。
大まかにいえば、穀類や糖類などを発酵させて造る酒類のうち、清酒やビールなど、ほかの品目には当てはまらない醸造酒が含まれるカテゴリーです。
先ほどのどぶろくのほか、中国の紹興酒なども、この品目に分類されるものがあります。
そして、意外と身近なところにも「その他の醸造酒」はありました。
かつて「第三のビール」「新ジャンル」と呼ばれていたビール系飲料の中には、麦や麦芽を使わず、糖類や大豆・とうもろこし由来のたんぱく質などを発酵させ、「その他の醸造酒」として造られていたものがありました。
その後の酒税制度の改正によって、2023年10月から、こうした「新ジャンル」は発泡酒へと組み込まれ、現在では、かつての区分はなくなっています。
酒税法の分類は、単に出来上がったお酒を整理しているだけではありません。
税率や品目の違いから新しい商品が生まれ、制度の変更によって、その位置づけが変わることもあります。
酒税の品目や税率がどのように決められているのかについては、こちらの記事でも整理しています。

ところで、どぶろくは家で造っていい?
「どぶろく」というと、大昔は家庭で造られていたお酒というイメージがあります。
実際、日本ではかつて、米などを使った酒を家庭で造る「自家醸造」が広く行われていました。
しかし明治時代、酒税が国の重要な税収となっていく中で、自家醸造は次第に規制され、1899(明治32)年には禁止されました。
現在も、アルコール分1度以上の酒類を製造するには、原則として酒類製造免許が必要です。
「自分で飲むだけだから」という理由で、家庭で米と米こうじを発酵させ、どぶろくを造ることが自由に認められているわけではありません。
酒税と酒類免許の関係については、こちらの記事でも歴史をたどっています。

でも、自家製の梅酒はいいの?
ここで、少し疑問が出てきます。
どぶろくを家庭で造るのはダメなのに、ホワイトリカーに梅を漬ける自家製梅酒はなぜ許されているのでしょうか。
実は、酒税法では、すでにある酒類に別の物品を混ぜる行為についても、新たな酒類を「製造」したものと扱う場合があります。
ただし、消費者が自分や家族で飲むために、一定の条件を満たして酒類に梅などを漬け込む場合には、この「製造したものとみなす」規定を適用しない特例があります。
代表的なのが、家庭で造る梅酒です。
もっとも、何でも自由に漬け込めるわけではありません。
使用する酒類はアルコール分20度以上で、酒税が課税済みのものであることが必要です。
また、米や麦、ぶどうなど、混和できない物品も定められています。
さらに、新たな発酵によってアルコール分1度以上の酒類が生じるようなものは、この特例の対象にはなりません。
もちろん、家庭用として認められる特例ですから、造ったものを販売することもできません。
同じ「家で造るお酒」に見えても、米などを発酵させて新しく酒を造るどぶろくと、すでに酒税が課された酒に梅などを漬け込む自家製梅酒では、酒税法上の考え方が違うのです。
どぶろくには「特区」もある
一方、地域振興などを目的として、どぶろくを製造しやすくする仕組みも設けられています。
いわゆる「どぶろく特区」です。
通常、「その他の醸造酒」の製造免許には、年間6キロリットルという最低製造数量基準があります。
しかし、構造改革特別区域として認定された地域では、一定の農業者が自ら生産した米などを原料としてどぶろくを製造する場合、この最低製造数量基準を適用しない特例があります。
ただし、「特区なら自由にどぶろくを造れる」という意味ではありません。
最低製造数量基準が緩和されるのであって、酒類製造免許そのものは必要です。
そして、最近見かける「クラフトサケ」
ここで、最初に酒屋で見つけた一本に戻ります。
近年、「クラフトサケ」と呼ばれるお酒を見かけるようになりました。
「クラフトサケ」は酒税法上の品目名ではありません。
一般には、日本酒の醸造技術をベースにしながら、フルーツ、ハーブ、スパイス、ホップなどを使ったり、従来の清酒とは異なる製法を取り入れたりした新しいタイプのお酒を指して使われています。
こうした酒は、原料や製法によって清酒の定義から外れ、酒税法上は「その他の醸造酒」などに分類されることがあります。
クラフトサケと清酒の関係は、ビールと発泡酒の関係を思い浮かべると、少し分かりやすいかもしれません。
造り手が目指す酒のスタイルが近くても、酒税法上の原料や製法の要件から外れれば、別の品目に分類されます。
そして、この違いは販売免許の扱いにも表れます。
「その他の醸造酒」は、発泡酒や果実酒などと同じく、「洋酒卸売業免許」で卸売できる酒類に含まれています。
米を原料とし、日本酒の醸造技術をベースにしたクラフトサケであっても、酒税法上「清酒」でなければ、卸売免許の区分でも清酒とは違う扱いになるのです。
なぜ、あえて「清酒ではない酒」を造るの?
ここには、日本酒の製造免許をめぐる制度も関係しています。
現在、国内向けの清酒については、原則として新たな製造免許の付与に需給調整上の制約があります。
一方、「その他の醸造酒」は清酒とは別の品目です。
そこで、新しく酒造りを始める造り手の中には、「その他の醸造酒」の製造免許を取得し、日本酒の醸造技術を生かしながら、清酒とは異なる酒造りに取り組む例もあります。
ただ、これは単に「清酒の免許が取れないから、仕方なく別のお酒を造る」という話だけではなくなってきています。
清酒では使えない副原料や製法を取り入れられることを生かし、フルーツやホップ、ハーブなどを使って、清酒とは違う味わいを積極的に追求する造り手も現れています。
酒類によって新規参入のしやすさがなぜ違うのかについては、こちらの記事で詳しく整理しています。

輸出用なら「清酒」を造れる道もできた
さらに2021年には、新しい制度が始まりました。
「輸出用清酒製造免許」です。
これは、その名のとおり、輸出する清酒に限って製造することができる免許です。国内向け清酒の製造免許とは別に、輸出に限って新たに清酒製造へ参入できる道が設けられました。
実際に、国内向けには「その他の醸造酒」、海外向けには「清酒」と、二つの製造免許を使って酒造りを行う事業者もあります。
今回購入したお酒を造っている秋田県男鹿市の「稲とアガベ」も、その一例です。
「稲とアガベ」は、2021年に「その他の醸造酒製造免許」と「輸出用清酒製造免許」を取得して醸造所を開設しました。国内向けには、どぶろくや日本酒の製造方法に副原料を加えたクラフトサケを製造・販売する一方、輸出向けには酒税法上の「清酒」を製造しています。
同じ造り手が、国内向けと輸出向けで異なる酒税法上の品目を造っているわけです。
輸出用清酒製造免許についても、先ほどの 製造免許の記事 で取り上げています。
「清酒ではない酒」から、一つのジャンルへ
こうして見ていくと、現在のクラフトサケは少し面白い位置にあります。
制度上は、「清酒の定義には入らない酒」。
しかし造り手の側から見ると、その枠をむしろ生かして、これまでの日本酒にはなかった原料や香り、味わいを取り入れることができます。
クラフトサケを造る事業者による団体もつくられ、「クラフトサケ」という名前そのものを、一つの新しいジャンルとして育てようとする動きもあります。
もともとは酒税法上の品目の境界から生まれた酒が、やがて独自のカテゴリーを形づくっていく。
かつて「新ジャンル」と呼ばれたビール系飲料にも、少し似たところがあるのかもしれません。
まとめ:酒屋で見つけた一本から、酒税法をたどってみると
今回、店頭でたまたま手に取った「その他の醸造酒」と書かれたお酒。
そこから少し調べてみると、
にごり酒とどぶろくの違い、
家庭で造るどぶろくと梅酒の違い、
どぶろく特区、
クラフトサケ、
清酒の製造免許、
そして輸出用清酒製造免許まで、
思いのほか広い話につながっていきました。
酒税法では、見た目や商品名だけでお酒を分類しているわけではありません。
何を原料として、どのように造ったのか。
同じように見えるお酒でも、その違いによって酒税法上の品目が変わり、製造免許や卸売免許の扱いまで変わることがあります。
酒屋の棚で見慣れないお酒を見つけたら、裏のラベルに書かれた「品目」を見てみるのも面白いかもしれません。
参考資料
本記事の作成にあたっては、主に次の資料を参照しています。
ワインお酒のビジネス、制度、歴史について知りたい方はこちら
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