はじめに
お酒の免許を扱っているのは、税務署です。
以前の記事では、その理由を酒税の歴史からたどりました。

かつて酒税が国の重要な税収だった時代、酒を造る人や売る人を把握し、酒税を確実に徴収するために、酒類の製造や販売には免許制度が設けられてきました。
では、現在の国税庁とお酒の関係も、「税を取る」「免許を出す」というだけなのでしょうか。
実は、そうではありません。
国税庁は、地理的表示(GI)の指定、日本産酒類の輸出支援、醸造技術の向上、ブランド化や新市場の開拓など、酒類産業を「振興する」仕事も行っています。
現在の国税庁の任務には、「酒類業の健全な発達」が明確に位置づけられています。
税金を徴収する役所が、なぜ酒類産業を育てるのでしょうか。
その背景をたどってみると、酒税と酒類産業の少し意外な関係が見えてきます。
始まりは「酒税を守るため」の酒造り支援
明治時代、酒税は国にとって非常に重要な税収でした。
明治30年代には酒税が国税収入の3割を超え、地租を上回って国税収入のトップとなった時期もあります。
一方、当時の酒造技術は現在ほど安定していませんでした。
とりわけ清酒造りでは、醸造の途中で酒が腐ってしまう「腐造(ふぞう)」が大きな問題でした。
ひとたび腐造が起これば、酒蔵の経営そのものを揺るがすこともありました。
酒造りに失敗すれば、酒造業者の経営が悪化します。
そして、酒が造られなければ、国も酒税を徴収することができません。
そこで大蔵省では、酒造技術そのものを改善し、酒造業を安定させる必要があると考えられるようになります。
当時、大蔵省主税局長だった目賀田種太郎は、これを酒税の「税源涵養(ぜいげんかんよう)」という観点から捉え、国が醸造技術を研究し、その成果を酒造業者に伝える必要性を主張していました。
「税源涵養」とは、将来にわたって税収を生み出す基盤を育てる、という意味です。
酒税を確保するためには、税を徴収するだけでは足りません。
その税を生み出す酒造業そのものを、安定して続けられる産業にする必要があったのです。
なぜ大蔵省が「醸造試験所」をつくった?
その考え方を象徴するのが、1904(明治37)年に設立された「醸造試験所」です。
興味深いことに、醸造試験所の設立準備は、もともと産業振興を担当する農商務省の所管で進められていました。
ところが設立直前の1903(明治36)年、醸造試験所は大蔵省へ移管されます。
醸造技術の研究や品質・生産性の向上が、酒税事務と密接な関係を持っていると考えられたためです。
醸造試験所では研究だけでなく、酒造講習が行われ、のちには全国清酒品評会や全国新酒鑑評会も始まりました。
現在の感覚からすると、「なぜ大蔵省がお酒の造り方を研究するの?」と少し不思議に思えます。
しかし、当時の酒税が国家財政に占めていた大きさを考えると、酒造技術を向上させ、酒造業を安定させることも酒税行政の一部だったことが分かります。
戦後の1949(昭和24)年に国税庁が発足すると、醸造試験所も国税庁の機関となりました。
その後、1995(平成7)年に東広島市へ移転して醸造研究所となり、2001(平成13)年には独立行政法人酒類総合研究所となっています。
「酒類業の健全な発達」も国税庁の仕事
こうした歴史をたどると、現在の国税庁が酒類産業の振興に関わっていることも、少し違って見えてきます。
国税庁の重要な任務は、もちろん内国税を適正・公平に賦課し、徴収することです。
しかし、それと並んで、現在も「酒類業の健全な発達」が国税庁の任務として位置づけられています。
酒類行政というと、製造免許や酒類販売業免許、酒税、表示など、「規制する行政」を思い浮かべやすいかもしれません。
しかし歴史を振り返れば、国は酒類を規制する一方で、技術を研究し、酒造業を支える仕事にも長く関わってきました。
酒税を確保する行政と、酒類産業を育てる行政は、もともとまったく別々に始まったものではなかったのです。
国内市場が縮小し、「振興」の意味も変わった
もっとも、現在の酒類振興を、明治時代の「税源涵養」だけで説明することはできません。
国内の酒類市場は、中長期的に縮小しています。
酒類の課税移出数量は1999(平成11)年度をピークに減少傾向にあります。
その背景には、少子高齢化や人口減少、ライフスタイルの変化、嗜好の多様化などがあります。
国内で安定して酒を造り、国内市場へ供給するだけでは、酒類産業全体の成長を描きにくい時代になってきたということです。
そこで酒類振興の対象も、醸造技術や品質の向上だけではなく、商品の高付加価値化、ブランド化、新しい市場の開拓、輸出、技術や人材の確保などへ広がっていきます。
2019(平成31)年、国税庁は初めて「酒類行政の基本的方向性」を策定しました。
そこでは国税庁自身を「酒類業の事業所管官庁」と位置づけ、適切な法執行を確保するとともに、酒類業の振興を強化していく方向が示されています。
明治時代の酒類振興が「重要な税源である酒造業を安定させる」という意味合いを強く持っていたとすれば、現在の酒類振興は、それよりずっと広いものになっています。
酒税が免除される「輸出」を、なぜ国税庁が支援する?
その変化をよく表しているのが、日本産酒類の輸出支援です。
ここで、一つ不思議なことがあります。
酒類製造者が外国へ輸出する目的で製造場から酒類を移出する場合、一定の手続きを行えば、その酒類について日本の酒税は免除されます。
つまり、
日本産酒類の輸出が増える
その分だけ日本の酒税収入が直接増える
という関係ではありません。
それでも現在の国税庁は、海外での認知度向上や販路開拓、展示会・商談会への出展支援、政府間協議による輸出障壁の解消、輸出証明、GIの活用など、日本産酒類の輸出環境の整備に取り組んでいます。
ここには、現在の酒類行政の特徴がよく表れています。
国税庁が担っているのは、目の前の酒税収入を増やすことだけではありません。
国内市場が縮小する中で海外市場を開拓し、日本産酒類のブランド価値を高め、酒類産業そのものを持続的に発展させることも、現在の「酒類業の健全な発達」という役割につながっています。
明治時代には、酒税という税源を守るために醸造技術を支えた。
現在では、日本の酒税が免除される輸出についても、その市場を広げるための支援を行っている。
この違いを見ると、国税庁が担う「酒類振興」の意味が、時代とともに変化してきたことがよく分かります。
GI、技術、観光――広がる酒類振興
現在の酒類振興は、輸出だけではありません。
地域と結びついた酒類の名称を保護する地理的表示(GI)制度、醸造技術や品質向上への支援、日本産酒類のブランド化、新しい市場の開拓など、その範囲は幅広くなっています。
酒蔵を観光資源として活用する動きとも結びついています。
たとえば「輸出酒類販売場制度」も、日本産酒類のブランド価値向上だけでなく、地方創生や酒蔵ツーリズムの魅力向上を目的の一つとしています。
また、酒類業振興のための補助事業では、日本産酒類のブランディングやインバウンドによる海外需要の開拓、国内外の新市場開拓なども支援対象となっています。
こうして見ると、かつて酒税と強く結びついて始まった酒類行政は、現在では産業だけでなく、地域や観光などともつながるようになっています。
「規制すること」と「振興すること」は、いつも同じ方向を向く?
一方で、国税庁が酒類産業を振興しているからといって、規制する役割が小さくなったわけではありません。
酒類の製造や販売には現在も免許が必要です。
酒税の適正な課税、免許制度の運用、公正な取引環境の確保なども、引き続き酒類行政の重要な仕事です。
つまり国税庁には、酒類産業を規制する顔と、振興する顔の両方があります。
そして、この二つがいつも同じ方向を向くとは限りません。
その一例が、国内向け清酒の製造免許に現在も残る需給調整要件です。
需要が縮小する中で酒類の需給の均衡を維持し、酒税を確保するという考え方がある一方で、新規参入を難しくし、産業の新陳代謝を妨げているのではないかという見方もあります。
実際、税務大学校の研究者による論文では、酒類産業の発展や輸出、高付加価値化を進めるためには意欲ある事業者の新規参入が重要であり、需給調整要件の廃止を検討すべきだという議論も示されています。
また、酒税そのものが、事業者の商品開発や市場に大きな影響を与えることもあります。
2026年10月に実施されたビール系飲料の酒税一本化も、類似する酒類の税率差が商品開発や販売数量に影響してきたことを踏まえた制度改正です。
ビール、発泡酒、新ジャンルと、税率の違いを背景に新しい商品カテゴリーが生まれてきた歴史を見ても、税制と酒類産業は互いに無関係ではありません。
何をどこまで規制し、どこから市場の競争や新しい事業者に委ねるのか。
酒類産業を「振興する」といっても、その答えは一つではありません。
- 酒税を確保すること。
- 既存の事業者が安定して事業を続けられること。
- 新しい造り手が参入できること。
- 新しい商品や市場が生まれること。
これらは、ときに同じ方向を向き、ときには両立が難しくなることもあります。
酒類行政も、こうした異なる課題の間で、そのあり方を問い直しながら変化してきたといえるでしょう。
まとめ:そして、日本ワインも変わってきた
こうした酒類行政の変化は、日本酒だけの話ではありません。
ワインについても、国税庁は「日本ワイン」の表示ルールを整備し、地理的表示(GI)制度を運用するなど、日本で造られるワインの産地や特徴を消費者に伝えるための制度づくりに関わってきました。
そして、この10数年、日本各地でワイナリーが増え、新しいワイン産地も生まれています。
その変化は、生産者の努力だけで起きたものではありません。
国による制度整備、自治体による産地づくりや新規就農支援、研究機関による技術支援など、さまざまな動きが重なっています。
酒税を確保するための仕組みから始まり、産業そのものの健全な発達を支える役割へと広がってきた酒類行政。
その流れの中で、日本ワインを取り巻く環境も大きく変わってきました。
この10数年で日本ワインに何が起きたのか。
制度・産地・造り手の変化については、こちらの記事で振り返っています。

参考資料
本記事の作成にあたっては、主に次の資料を参照しています。
- 国税庁・税務大学校「醸造試験所設立の立役者―『醸造試験所創立25周年記念絵はがき』から―」
- 国税庁・税務大学校「醸造試験所の所管」
- 国税庁「国税庁70年史―酒類業の振興」
- 国税庁「酒類行政の基本的方向性の改訂について」
- 国税庁・毛利泰浩「酒類の製造免許及び販売業免許における需給調整要件の在り方について」『税務大学校論叢』第107号
- 財務省「酒税改正について」
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