はじめに―スーパーで見つけた「オレンジワイン」
先日、実家近くのスーパーのお酒売場を眺めていたところ、「オレンジワイン」と大きく書かれた商品が目に入りました。
オレンジワインといえば、一般には白ブドウを果皮などとともに醸して造る、オレンジから琥珀色の色調を持つワインを指します。
果物のオレンジから造るワインではありません。
ところが、よく見てみると、その商品は本当に柑橘のオレンジを使って造られたお酒でした。
ボトルの形やラベル、液体の色合いなども含め、遠目には私が知っている「オレンジワイン」のようにも見えます。
「オレンジワイン」という言葉は、こんな使われ方もするのか。
少し気になりました。
そもそも「オレンジワイン」という名前は、どこまで決まっているのでしょうか。
調べてみると、この言葉自体は意外に新しく、日本、国際機関、各国の制度でも呼び方や位置づけはさまざまです。
さらに世界に目を向けると、「オレンジ」は果物やワインの色だけでなく、保護された産地の名前になることもあります。
今回は、スーパーで見かけた一つの「オレンジ」から、ワインの製法、原料、そして表示のルールまでたどってみます。
一般にいう「オレンジワイン」は、オレンジから造るわけではない
まず、一般に「オレンジワイン」と呼ばれているワインを確認しておきましょう。
通常の白ワインは、白ブドウを圧搾し、果皮などと分けた果汁を発酵させます。
これに対してオレンジワインは、白ブドウを赤ワインのように、果皮や種などとともに発酵させます。
果皮から色素やタンニンなどが抽出されるため、黄色からオレンジ、琥珀色を帯びた色調になり、通常の白ワインとは異なる風味や質感が生まれます。
つまり「オレンジ」は原料となる果物の名前ではなく、こうした製法によって生まれるワインの色合いからきた呼び名です。
では、この「オレンジワイン」は、赤ワインや白ワインのように昔から正式に決められた名称なのでしょうか。
実は、そう単純ではありません。
「オレンジワイン」という名前は、意外に新しい
白ブドウを果皮などとともに醸す製法そのものには、非常に長い歴史があります。
その源流として知られているのが、ジョージアの伝統的なワイン造りです。
ジョージアでは、クヴェヴリと呼ばれる土製の容器を地中に埋め、ブドウの果汁だけでなく果皮や種なども一緒に入れて発酵・熟成させるワイン造りが古くから行われてきました。
この伝統的なクヴェヴリによるワイン造りは、2013年にユネスコの無形文化遺産にも登録されています。
一方、現在世界で使われている「orange wine」という名称は、それほど古いものではありません。
この言葉を使い始めた人物として知られているのが、英国のワイン商・インポーターのDavid A. Harveyです。
2004年ごろ、従来の白ワインとは外観や香り、味わいの異なるこのタイプのワインを説明するために「orange wine」という言葉を使い、それが次第に広まったとされています。
つまり、製法の歴史は非常に古いのに、「オレンジワイン」という呼び名は21世紀になって広まった、という少し不思議な関係にあります。
現代のオレンジワインが再び注目されるようになった背景には、1990年代以降のイタリア北東部フリウリ=ヴェネツィア・ジュリアと、隣接するスロベニアの生産者たちの存在もあります。
古い製法が現代の造り手によって見直され、そこに後から「orange wine」という分かりやすい名前が付いて世界へ広がった、と考えると分かりやすいかもしれません。
日本では2025年に「オレンジワイン」のガイドラインができた
日本でも「オレンジワイン」という言葉はすでに広く使われています。
一方、その意味が必ずしも統一されていたわけではありません。
そこで2025年、ワイン表示問題検討協議会は、「オレンジワイン」「アンバーワイン」の表示についてガイドラインを定めました。
ここで重要なのは、これによって「オレンジワイン」という新しい酒類区分が酒税法上つくられたわけではない、ということです。
あくまでワイン業界における表示の考え方を整理したものです。
市場で先に広がった名称を、後から表示ルールの側が整理していく。
「オレンジワイン」という言葉の成り立ちを考えると、この順番も興味深いところです。
OIVでは「Orange wine」と呼んでいない
さらに国際的なルールを見ると、また違った名称が登場します。
国際ブドウ・ワイン機構(OIV)は2020年、国際醸造規範に
White wine with maceration
というカテゴリーを加えました。
白ブドウを果皮、果肉、種などと接触させて発酵させるワインで、一定期間のマセレーションを行うことなどが定められています。
まさに一般にオレンジワインと呼ばれているタイプですが、OIVは「Orange wine」という名称を正式名称にはしていません。
しかも、このカテゴリーが設けられた背景にはジョージアからの働きかけがありました。
そのジョージア自身も、伝統的なこのタイプのワインについては「Amber wine」という表現を使っています。
同じようなワインを指していても、
Orange wine
Amber wine
White wine with maceration
と、立場によって呼び方が違うのです。
世界では、さらに違う名前で制度化されている
各国の制度を見ると、この違いはさらに鮮明になります。
たとえば南アフリカでは、2015年にこのタイプのワインを
Skin macerated white
として制度上定義しました。
現在は「Orange wine」を表示上の別名称として使うことも認められています。
カナダ・オンタリオ州のVQA制度では、
Skin Fermented White
という名称が使われています。
こちらでは「Orange Wine」や「Amber Wine」も表示できますが、正式なカテゴリー名である「Skin Fermented White」より目立つ表示にはできないというルールになっています。
EUでは、EU全体で「Orange wine」を独立したワインカテゴリーとして一律に定義しているわけではありません。
一方、スペインのPDO TarragonaやPDO Conca de Barberàなど、個別の原産地呼称の生産規則の中で「orange wine」をワインのタイプとして取り入れる例が出ています。
同じような製法のワインでも、国や制度によって、その名前も位置づけも一様ではないのです。
スペインには、さらに別の「Vino Naranja」がある
ところがスペインには、もう一つ違う「オレンジ」があります。
南部アンダルシア州のウエルバには、古くから
Vino Naranja del Condado de Huelva
と呼ばれる伝統的なお酒があります。
「naranja(ナランハ)」はスペイン語でオレンジの意味です。
しかし、これは一般にいうオレンジワインのように、白ブドウを果皮とともに醸したワインではありません。
ベースとなるのはブドウから造られた白ワインなどです。
オレンジの果皮をワイン由来のアルコールに一定期間浸漬してつくった香味液を加え、さらに伝統的なクリアデラ・イ・ソレラ方式で熟成させます。
つまり、こちらの「Naranja」はワインの色ではなく、本当に柑橘のオレンジに由来するものです。
しかも最近生まれたお酒ではなく、この地域で長く造られてきた伝統酒です。
制度上の位置づけも興味深いところです。
「Vino Naranja del Condado de Huelva」は地理的表示として保護されていますが、通常のブドウワインのDOP・IGPとは別に、EUでは香味付けワイン製品(aromatised wine products)の地理的表示として扱われています。
通常のワイン産地やDOP・IGPを勉強しているだけでは、なかなか出会わない「オレンジ」かもしれません。
オレンジ果汁を発酵させた「Vino de Naranja」もある
さらにスペインでは、オレンジ果汁を使ったお酒が「Vino de Naranja」などとして販売されている例もあります。
柑橘栽培が盛んなバレンシア地方などで、こうした商品を見ることができます。
こちらは、ブドウのワインにオレンジ由来の香味を加えるアンダルシアの伝統的なVino Naranjaとも違います。
私がスーパーで見かけたのも、このタイプのお酒でした。
ここまででも、似たような「オレンジワイン」「Vino Naranja」という言葉から、まったく異なるお酒が見えてきます。
白ブドウを果皮とともに醸したワイン
ブドウのワインにオレンジ由来の香味を加えた伝統酒
オレンジを原料として発酵させたお酒 🍊
同じ「オレンジ」という言葉でも、色や醸造スタイルを表している場合もあれば、本当に原料となる果物を意味している場合もあるのです。
オーストラリアでは、「Orange」はワイン産地
そして「オレンジ」には、さらにもう一つの意味があります。
地名です。
オーストラリア・ニューサウスウェールズ州には、Orangeというワイン産地があります。
Orangeはオーストラリアの正式な地理的表示(GI)として登録されているため、ワインの表示では保護される名称です。
以前、オーストラリアの自然派の生産者に、白ブドウを果皮とともに醸したワインについて、「これはオレンジワインですか?」と尋ねたことがあります。
すると、造りとしてはそうだけれど、オーストラリアでは「Orange」がGIなので、「orange wine」という表現には少し気を使う、という趣旨の説明を受けました。
当時は「そういう問題もあるのか」と思った程度でしたが、改めて調べてみると、これはオーストラリア特有の表示事情でもあります。
世界では「orange wine」がワインの色や製法を表す一般的な呼び名として広がりました。
ところがオーストラリアでは、そのOrangeがすでに保護された産地名なのです。
ワインの名前と産地名は、ときどきぶつかる
こうした問題は、Orangeだけに限りません。
ワインの世界では、長く一般的なワインの名称やブドウ品種名のように使われてきた言葉が、別の国では保護された原産地名称である、という問題が繰り返し起きてきました。
オーストラリア自身も、Champagne、Port、Sherryなどヨーロッパの地理的表示をめぐり、EUとの協定を通じて表示を整理してきた歴史があります。
現在もProseccoについては、EUとオーストラリアの間で名称の扱いが長く議論されてきました。
そんなオーストラリアが「Orange」については、今度は自国のGIと、世界的に広がった「orange wine」という呼び名との関係を考える側になります。
ワインの名前は、単に「分かりやすければよい」というものではありません。
その言葉が、どこかの土地の名前として保護されていないか。
商品名なのか、製法を表す言葉なのか、産地を表す言葉なのか。
国境を越えてワインが流通するほど、こうした表示の問題も複雑になります。
まとめ:「オレンジ」は、果物でも、色でも、産地でもある
スーパーで見かけた「オレンジワイン」から始まった小さな疑問でしたが、調べてみると、思いのほか遠くまで話が広がりました。
果物なのか
色なのか
製法なのか
産地なのか
一つの「オレンジ」という言葉をたどるだけでも、ワインの造り方から各国の表示ルール、地理的表示まで、さまざまなものが見えてきます。
今度「オレンジワイン」という文字を見かけたら、その「オレンジ」は何を意味しているのか。
ちょっとだけ、ラベルの見え方が変わるかもしれません。
参考資料
本記事の作成にあたっては、主に次の資料を参照しています。
- OIV(国際ブドウ・ワイン機構)「White wine with maceration」
- UNESCO「Ancient Georgian traditional Qvevri wine-making method」
- 日本ワイナリー協会「関係法令・基準情報」/ワイン表示問題検討協議会「『オレンジワイン』及び『アンバーワイン』の定義に関するガイドライン」
- Ontario Regulation 406/00 ― Skin Fermented White
- EU・PDO Tarragona/PDO Conca de Barberà の生産規則
- スペイン農業・漁業・食料省「Vino Naranja del Condado de Huelva」製品仕様書
- Wine Australia「Additional labelling terms」
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